【連載コラム】内向型の自分を変えたいあなたへ #9

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自分から声をかけられない、みんなの視線や人前で喋ることができない、こんな悩みをかかえてはいませんか?

この連載ではサイレントセールストレーナーの渡瀬 謙氏の著書「内向型の自分を変えたい」と思ったら読む本」から、そんな悩みを抱えて生きる方へ同じく自らの性格に40年以上、悩んできた渡瀬さんが培ってきた内向型人間の「弱み」を「強み」に変えるまでのお話を抜粋してご紹介します。

#9では「克服できたら幸せになれるか?」についてお話しします。
#1はこちらから

第2章 内向型特有の性格は単なる「人との違い」である 2/4

じゃあ克服できたら幸せになれるか?

こんなことを言ってはなんですが、内向型で悩んでいる人というのは、そもそも幸せを求めていません。
少なくとも私はそうでした。
それよりも、日々の苦痛から逃れたいという気持ちが強かったです。
ですから、幸せに結婚してマイホームを持って子供を育てて……などというのは、克服後の先の夢のまた夢でした。
もっと目の前の気がかりなことを解消することばかりを考えていました。そのための、欠点の克服作業だったのです。

正直、私はずっと思っていました。自分には人並みの幸せな生活など、無縁のものなんだと。
女性とまともに会話もできない自分が結婚できるはずがないし、結婚生活など想像もできない。安定した家庭を持つなんて……そんな自信があるわけがない。それより先に、まずは不安定な自分のことを解決しなければ!
もちろん幸せな暮らしにあこがれはありましたが、いまの自分にはそんな資格はないとも思っていました。

私はずっと勘違いをしていたのです。いまの自分の不幸は、すべてこの内向型の性格のせいなんだと。
だからそれを正さなければ何も始まらないんだと、勝手に思い込んでいました。

ですから自然に、苦手を克服することが目的になり、その目的を達成することですべてが解決するという思考になっていったのです。
でも冷静に考えてみれば、苦手なことがなくなったからと言って、日々の煩わしさが消えるはずがありません。それとこれとは別物でした。しゃべりがうまくなったら、人付き合いで悩まなくなり、女性にもてるようになると勝手に思い込んでいたのです。

私は20歳代の頃にかなり無理して高級スポーツカーをローンで買ったことがありました。
クルマが好きだというのもありましたが、「いいクルマに乗れば女性にもてる!」という単純な下心もありました。
しかし現実はそんな甘くはありません。結局は、助手席に女性が一度も座ることなく、ローンだけがたくさん残ったという経験がありました。
これまた大きな勘違いですね。内向型というのは、あまり人に相談したりしないので、勝手な思い込みや勘違いで失敗することが多いのかもしれません。

話を戻します。欠点を克服すればそれだけで幸せに直結するかどうか。私の答えは「?」です。つまりわかりません。幸せになる人もいるでしょうし、そうならない私のような人もいるでしょう。
でもこれだけは確実に言えます。「欠点の克服=幸せ」ではないということ。

絶対に幸せになれるというのなら、多くの時間をかけて努力する意味もありますが、保障されてもいないものに人生の多くを賭けてしまうのは危険です。そして体験的に言わせてもらうと、幸せになれる確率はとても低いです。
私は途中でそれに気づいて方向転換することができましたが、あのままずっと(つまり今でも)続けていたらと考えるとゾッとします。
きっと現在の私とは程遠い、あの頃のままの状態になっていたでしょうから。

もちろん欠点を克服するという前向きな行動を全否定するつもりはありません。
やるかやらないかのどちらかを選ぶだけの話です。

頑張っても人並み以下ではつまらない

突然ですが、あなたは飢えたことがありますか?

お腹が空いたというレベルではなく、何日も眠れないほどの空腹状態です。私は高校生のときに腎臓の病気で3か月間入院したことがあります。
そのときに飢えを味わいました。食事制限があって、病院食では全然足りずに栄養失調で腕の血管も凹んでしまうほどでした。
そのときに、夢うつつの中で見たのは、食パン一斤を何もつけずにかじっているシーンでした。とにかく何でもいい、不味くてもいいから食べたいという願望があったのです。
あのときは目の前の空腹を満たすことしか頭にありませんでした。

そのことを思い出して、内向型も似ているなと思いました。
せめて人並みになりたいという気持ちは、不快な劣等感だけでも消したいという願望から来ています。

私もずっとその願望を抱えていました。それでも私が変わったのは、ある考えがきっかけです。
「人並みになれたとして、その先になるがあるの?」

あるとき、こんな疑問がわいたのです。それまでは、ずっと自分の劣っている部分を解決したいという気持ちだけでした。自分のマイナス面を人並みにすることが目標になっていました。
もちろんそれができれば劣等感は消えるでしょう。でもそうなるためには、何度も言ってきましたが、多くの時間と労力をかけなければなりません。
ヘタをすると一生かかってしまうかもしれないのです。一生かけて頑張って、その結果が人並みになる? 私はふと、むなしさを感じました。

小学生のときに、いつも明るくて誰とでも気軽に話をしている子を遠くで見ながら、あんな風になれたらなあと憧れていました。
また、授業中に手をあげてハキハキと答えている積極的な子を見て、自分もあのような性格だったらいいのにと思っていました。つまり私が望んでいたのは、クラスの中でもトップクラスの存在だったのです。
もちろんそれが高望みだというのもわかっています。でも少なくとも、その他大勢の平凡な子たちになることに憧れを抱いていたわけではありませんでした。普通のレベルの子にもなれないくせに、なにを夢みたいなことを言っているんだと思われるかもしれません。それでもいま思い返してみても、当時の私が意識していたのは、クラスで一番の子だったのです。これって私だけのことでしょうか。

さらに思い返すと、好きになった女性も、学年でトップクラスの美人で人気があるような人ばかりでした。
もちろん、告白するなどもってのほかで、遠くからチラッと見ているだけなのですが、自分とは縁遠い人に憧れてしまうクセがあったのかもしれません。
挑戦もせずに一発逆転ばかりを考えているような子でした。
それなのに、大人になっていい年になって、努力した結果が「普通の人」だということに気づいたとき、私はもう生きているのですらむなしくなったのを覚えています。
これまでも何もいいことがなかったのに、この先も良くて普通の人並みの人生にしかならないなんて。そこを目指して頑張ることに意味があるのかなと思いました。

マイナスをゼロにするのがゴール?

私の場合は、とくにしゃべりが苦手だったので、それを克服するために一番時間を割いてきました。
でもやっていることは、はるかマイナスのレベルを、なんとかブラスマイナスゼロの線までもっていくことでした。
私にとってはそれだけでも大変な作業です。頑張ってなんとか人並みのレベルまでたどり着ければOKでした。

社会人になって営業職になったときも、まだしゃべる訓練を続けていました。
普通にしゃべることなど、普通の人ならとくに努力もせずに当たり前にできることです。

当然、うまくしゃべるために時間をかけたりもしていません。
それがどういうことなのかというと、私がようやくスタートラインに着いた頃には、他の人たちはみんなもっと先に進んでしまっていたということです。

同じ営業として配属になった同期たちは、一人前になるために仕事内容についての勉強に時間を使っていました。
その間、私はしゃべる練習に時間をとられていて、肝心の仕事の知識で大きく差がついていたのです。
私が売れずにまごまごしているときには、もう同期たちはどんどん売り上げを伸ばしていました。
この差は大きいです。このままいくと、人とのコミュニケーションが苦手なうえに、仕事もまともにできないヤツという評価が下るでしょう。

そうなっては、働き続けることも難しくなってきます。
マイナスをゼロにすること。つまり普通の人になることばかりを目指していても、社会人としてはうまくいかないのだと知りました。

ところがそんな私に大きな転機がやってきます。

👉 次回(#10)はその大きな転機についてお話しします。

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