自分から声をかけられない、みんなの視線や人前で喋ることができない、こんな悩みをかかえてはいませんか?
この連載ではサイレントセールストレーナーの渡瀬 謙氏の著書「内向型の自分を変えたい」と思ったら読む本」から、そんな悩みを抱えて生きる方へ同じく自らの性格に40年以上、悩んできた渡瀬さんが培ってきた内向型人間の「弱み」を「強み」に変えるまでのお話を抜粋してご紹介します。
#11では第2章最後のお話しになります。
#1はこちらから
第2章 内向型特有の性格は単なる「人との違い」である 4/4
■ 性格に良し悪しはない
内向型のままでも通用するということがある。それは理解しました。しかしそれでもまだモヤモヤとしたものが心に残っていました。堂々と「内向型のままでいい」と言い切れないのです。
その理由は、幼少期から呪文のように言われてきた「もっと積極的になりなさい」ということが、どうしても引っかかっていたからです。
このセリフは、裏を返せば「君は消極的な人間だ。
それは欠点で悪いことだから治しなさい」という意味にもなります。
私はずっとそう受け取っていました。
つまり自分の性格は悪いのだという思いがあるので、いくら内向型でも通用することがあるとわかっても、素直に喜べないのでした。やはりどこかで心の中に罪悪感が残っていたのです。
そこで、こんな仮説を立ててみました。
小学6年生のクラス全員を、背の低い子から高い子まで順番に並べます。
すると先生は背の低い子に対して、「もっと背を伸ばしなさい」とは言いません。
同様に、背の高い子に「もっと低くなりなさい」とも言わないでしょう。
当たり前です。
なぜかというと、頑張っても身長は変えられないという常識があるからです。
次に別の基準で生徒たちを並べてみます。
性格の暗い子から明るい子までの順番に変えてみるのです。
すると今度は、性格の暗い子に対して、「もっと明るくなりなさい」と先生は真剣に言うでしょう。
努力すれば性格は変えられると常識的に思っているからです。
変えられないのは努力不足だとも思っているようです。
たしかに頑張って性格を変えられた人もいるかもしれません。
しかし、クラスで一番性格が暗い子というのは、何も好き好んでその立ち位置にいるのではないのです。
できれば、明るくなりたいと願っていて、当人もそれなりの努力をしてきているはず。
それでもどうしても明るい性格になれずにいるのです。
これはもう努力が足りないなどという簡単な言葉では、説明できないことです。
なぜなら私がそうでしたから。
性格は、先生が言うほど簡単には変えられない。それは私の中では真実でした。
こまで考えるとさらに、こんな仮説が生まれました。
背が低い子に「背が悪い」と言わないように、性格が暗い子にも「性格が悪い」と言うべきではないという考えです。性格に良し悪しはない。
あるのは「単なる違い」だけ。
そう、内向型というのは、いろいろある人の性格の中のひとつなのです。外向型と違う性格の持ち主で、そこには良し悪しも優劣もないのだと。
この考えは私を大きく後押ししてくれることになりました。
いまでこそ、私は内向型だということを、堂々と人前で言えるようになりましたが、そう言えるまでにはまだまだ時間がかかりました。
かといって、どうしてもその罪悪感を消し去りたいと強く思っていたわけでもないのです。
そのことは半分あきらめていましたし、一生付き合っていく部分だと思っていたからです。
ところが、内向型は性格の違いであるという思いに至ったとき、これまでどうしても消せなかったモヤモヤが、スッと消えてくれました。
考え方を変えただけで、私は人生の転機を迎えたのです。

■ 顔が違うように性格も違って当たり前
人それぞれ、体格が違うのと同じように性格も違っている。よくよく考えてみればそれは当たり前のことでした。顔が違うのと同じで個性も違っていていいのです。
すると私はあることを思い出しました。
私が高校生のときに、庭に猫が迷い込んできました。外でミルクなどをあげているうちに懐いてきました。
だんだん家のなかに入るようになり、布団の中で寝るようにもなりました。
そうして1年くらい経ったとき、いつの間にか妊娠していたのです。当時は避妊の知識などありません。
しばらくしてから4匹の子猫を産みました。
4匹はすべてメスで、同じ環境で平等に育っていきました。
ところが成長し始めるとある変化が起こります。
階段のぼりでもなんでも最初にできてしまう子、ご飯を一番に食べにくる子、反対にいつも最後にくる子など、それぞれに違いが見えてきたのです。
人への懐き方も違います。
すぐにひざに乗る子もいれば、手を出すと逃げ腰になる子もいて、性格もまちまちに育ちました。
このことを思い出したのです。
同じ環境で同じように育った子猫でも、性格がみんな違っているのを当時はほほえましく感じていましたが、よく考えてみれば不思議なことです。
生まれつき性格が違っていたとしか思えません。
これって人間にも言えることではないかと気づいたのです。
私は大胆な仮説を立ててみました。
「人は生まれたときに、体質と同じように性格が決まっている」というものです。
性格は後天的に環境や学習によって形成されるのではなく、持って生まれたものだとしたらどうだろうか。そんなことを考えてみました。
これはあくまでも私の仮説です。生物学的な根拠もありません。
なので、自分だけで信じる分には自由です。私はこの仮説を信じてみることにしました。
すると、ある重大なことに気付いたのです。
「性格が生まれつきのものだとしたら、そもそも変えられないんじゃないのか?」
これまで自分の性格を変える努力をしてきましたが、それは性格が変えられるという前提でやってきたことです。
身長などの体質と同じように変えられないとすると、変えるための努力をしてもムダだということになります。
だとしたらもうこれ以上、性格を変えるために時間を費やす必要もなくなるということです。
ただそう考えると当然ながらこんな気持ちもわいてきます。
「だったら、この嫌いな性格は一生変えられないということなの?」
私の仮説通りなら「YES」です。
ですが、そう悲観することはありません。
性格に良し悪しはない、あるのは違いだけだという考えと合体させると、一筋の光が見えてきませんか?
つまりまとめるとこうなります。
人は生まれつき決まった性格を持っている。
その性格は変えられない。
そこに良し悪しの差はなくて、あるのは顔と同じように人と違うということだけである
ここにたどり着いたとき、私は目の前が明るく開けた感覚になりました。
自分の生きていくべき道がようやく見えたと思ったのです。

■ 少しずつ受け入れていくだけでいい
ここまで一気にお話ししてきましたが、いまどんな気持ちになっていますか?
「そんなに簡単に気持ちを切り替えられるわけがないよ」
「それはあなたの場合だからでしょ。私はもっと複雑な悩みを抱えているんだ」
「そんなことはとっくにわかっているよ」
もしくは、
「そんな考え方もあるんだ。でも本当かどうか不安だな」
それこそ、人それぞれの感想をお持ちでしょう。
内向型とひとくくりにしようとしたところで、やはりみんな違うのですからね。
ですからこの本ですべての内向型の悩みを消し去ろうなどという大それたことは思っていません。
個人差があるのは当たり前です。
でもそのなかの一握りの人だけでも、現状から抜け出すためのヒントを与えることができたらいい。
そんな思いで書いています。
それに私だって、こうした考え方にたどり着くまでに40年以上もかかっているのです。
ほんの数時間の読書ですぐに納得できないこともわかっています。
ここまでの内容をすべて理解しろとはいいません。まだステップ②ですしね。
ただ、少しずつでいいので受け入れてみてほしいと思っています。
「人は生まれつき決まった性格を持っている。その性格は変えられない。そこに良し悪しの差はなくて、あるのは顔と同じように人と違うということだけである」
これを100%理解しようとしなくてもいいので、こんな考え方もあるんだなあくらいに受け取っておいてください。
まだ自分を認めなくてもいいですし、好きになれなくてもいいのです。
ただ単に人と違う自分を一旦受け入れてみること。それができればこの章は卒業です。
ここまでは自分一人で部屋の中ででもできることでした。考えを巡らせるだけですからね。しかし、それだけでは問題は解決してくれません。徐々に行動に起こしていく必要が出てきます。
そこで次の章では、いよいよ相手が出てきます。
そう、人に伝えるという内容です。これができるようになると、人間関係のモヤモヤした悩みが消えます。
人目を気にせずに堂々としていられるようになります。
もちろんあなたもそうなりたいですよね。
ただいきなり、大声でみんなの前で話をしろなどと無謀なことを言わないので、どうかご安心を。
私自身ができないことなど、人に勧めたりはしません。
内向型の人でもできるレベルで話を進めていきますので、引き続きよろしくお願いします。
