自分から声をかけられない、みんなの視線や人前で喋ることができない、こんな悩みをかかえてはいませんか?
この連載ではサイレントセールストレーナーの渡瀬 謙氏の著書「内向型の自分を変えたい」と思ったら読む本」から、そんな悩みを抱えて生きる方へ同じく自らの性格に40年以上、悩んできた渡瀬さんが培ってきた内向型人間の「弱み」を「強み」に変えるまでのお話を抜粋してご紹介します。
#8ではステップ1からすすみステップ2に入ります。
#1はこちらから
第2章 内向型特有の性格は単なる「人との違い」である 1/5
■ ステップ②いまの自分を受け入れる
「彼みたいにスポーツ万能だったらいいなあ。
彼女みたいに明るく振舞えたらどんなに楽しいだろう。
自分にはできないことばかりで落ち込むばかりだ」
さて、この章では、あなたの心に希望の光を灯します。
と言っても、単なる精神論やモチベーションをあげるということではありません。
実際に私自身がこのステップをクリアしたときに、目の前がパアッと明るくなったのです。
閉ざされていた自分の可能性が見えました。
その感触をあなたにも味わっていただけると思うと、今からわくわくしています。
これまで何度も言ってきましたが、内向型はとかく劣等感を抱きがちです。
近くにいる他人と比較して、あれが劣っているとか、これができないなどという思いに絶えず支配されている感覚です。そして、なんとか頑張って人並みにできるようになると、すぐに別の劣っているところが気になり始めます。
こうして永遠に劣等感が消えないままの状態が続きます。あなたもそうではありませんでしたか?
また、犯罪ではないのですが、どこか罪の意識に近いものを抱えていたりもします。
それは「自分は悪い」というもの。人並みに話せないのは悪いこと。
人付き合いが苦手なもの悪いこと。
陽気になれないのも、面白くないと言われるのも悪いことだと思っている傾向があります。
前述した、学校の先生から「積極的になりなさい」と言われてもできない自分に罪悪感を覚えたというのも同じです。
これらの劣等感や罪悪感こそが、内向型が抱えているモヤモヤとした闇の根源だと私は思っています。
年中ストレスの原因になっているこれらがなくなったらいいと思いませんか?
「そんなことは不可能だ!」という声が聞こえてきそうですが、私はまじめです。
かつての私なら即座に否定するでしょうが、いまは違います。
この2章のステップ②は、まさにそのためのものなのです。

■ 苦手なことを克服するには時間がかかる
スポーツでも趣味でも勉強でもいいのですが、自分が得意なことをやるときというのは、気分がいいものです。
得意というのは人よりも秀でているとも言えるので、当たり前ですがここでの劣等感はありません。
私は高校生のときに、家でギターをひたすら練習していた時期がありました。
吉田拓郎やかぐや姫などのレコード(CDではありません)を何度もかけながら、ギター演奏をコピーすることに熱中していたのです。誰かに聴かせるためでもなく、もちろんステージに立とうなどとは思っていません。
単にうまく弾けたら気持ちがいいという理由だけでした。
それでも現実を忘れていられるその時間が好きでした。
しかし、学校に行くと今度は克服しなければいけないことに直面させられます。
人と普通に会話ができるようにするという当面の課題です。
これには教科書もないし、教えてくれる人もいないので、独学でマスターしなければなりません。
会話術やお笑いの本も読みました。
雑学の本を読んですぐに人に試してみたりもしましたが、結局はこれといった成果もなく、そのまま社会人になっていきました。
いきさつは別の章でお話ししますが、なぜか営業職になってしまった私は、今まで以上に会話の必要性に迫られました。
客先で気の利いた会話ができない。
接待で盛り上げることができない。
すがる思いで、会話教室にも通い始めました。
それでも全然うまくなりません。
まわりの人が普通にできていることができない自分を何とかしたい。
そんな思いばかりで頭の中がいっぱいでした。
なぜ、自分はうまく話せないのか。
当時は考えたこともありませんでした。
単に人よりも劣っているとしか思わなかったのです。確かにそれはあるでしょう。
でももっと大事な真実がありました。
それは「苦手なことを克服するためには、膨大な時間がかかる」ということです。
私は人生の中間あたりでそのことに気付きました。
人よりも劣っていることというのは、人並みに以上に頑張らなければ、まわりと同じようにはできません。
人が1の努力でできることを、私は10の努力をしてもできずにいました。
時間をかけた割には報われないことが多いというのも、過去を振り返るとわかったことです。
そもそも不得意なことを練習すること自体が、楽しくないものです。
好きなことなら時間を忘れてできますが、いくらやっても進歩しない練習は苦痛でしかありません。
もちろん、弱点を克服しようと努力することは悪いことではないのですが、そのためにはあまりにも多くの時間と労力がかかってしまうことも知っておくべきです。

■ 欠点つぶしのモグラたたき
さて、内向型が苦手としていることは、多くの場合、ひとつやふたつではありません。私も苦手なことがたくさんありましたし、もちろん今でもあります。ひとつの欠点を克服するだけでもかなり大変なことですが、もし克服できたとしてもそれで終わりではありません。すぐに他の苦手なことに取り掛からなくてはならないからです。
私自身も、会話教室に通いながら、いろんなことをやっていました。まず面白い話をするために、落語やお笑いの本を読む。一般常識などを仕入れるために、雑学の本を読む。教養が足りないのを補うために、昔の名作映画をビデオで観る。そんなことをやっていました。
どうも私は、広く浅い知識が不足しているようで、みんなが常識的に知っているようなことでも知らないことが多かったのです。まわりと会話がうまくできないのは、そのせいだと気づくと、それを補う作業をし始めます。そうして、自分の欠点を克服していこうとしていました。
しかし、それらの努力が報われたかというと、答えは「NO」です。
もちろん、多少なりとも知識が増える分、何かの役には立っているのでしょうが、体感できるレベルまでは上達しませんでした。
とくに興味のない本や映画をどれだけ見ても、そうそう身に付くものではなかったようです。いつまで経ってもまわりが話している話題に付いていけないままでした。
思い返せば、私の日常は、自分の欠点を見つけてはつぶしにかかるということの繰り返しだったようです。しかも、次々に欠点が出てきます。まるでゲームセンターのモグラたたきのように、ひとつをつぶすと別のところから顔を出してくるので、「これですべておわり」という達成感がありません。
あなたはいかがでしょうか。自分の欠点を克服する日々を送っていたりはしませんか? 決して心が休まる間もなく、課題ばかりが重くなっていく感じ。そんな人生は正直言って疲れますよね。
「でも、しょうがないじゃないか。そうしないといつまで経っても劣等感は消えてくれないんだから」
おっしゃる通りです。でも、劣等感を消せば本当に幸せになれるのでしょうか? すべての欠点を克服してしまえば、気持ちは解放されるのでしょうか? それに対する私なりの答えを次でお話しします。
