自分から声をかけられない、みんなの視線や人前で喋ることができない、こんな悩みをかかえてはいませんか?
この連載ではサイレントセールストレーナーの渡瀬 謙氏の著書「内向型の自分を変えたい」と思ったら読む本」から、そんな悩みを抱えて生きる方へ同じく自らの性格に40年以上、悩んできた渡瀬さんが培ってきた内向型人間の「弱み」を「強み」に変えるまでのお話を抜粋してご紹介します。
#21から第5章に入ります。
この章でのお話しはお仕事について悩んでいる方に特におすすめの内容となっています。
#1はこちらから
第5章 仕事はストレスを減らすことを重視すればいい 1/5
■ ステップ⑤自分の活かし方(強み)を見つける
「就職したくない。
でも生きていくためには働かなくてはならない。
できるだけストレスのかからない仕事はないかなあ」
内向型にとって、仕事というのは人間関係と並んで大きな壁です。
少なくとも私にとって仕事というのは、就職するときはもとより、働き始めてからも悩みが尽きないものでした。
そして毎日辞めることばかりを考えていました。
「とにかく会社に行きたくない」
「いまの仕事は自分には向いていないと思う」
「この仕事では自分の本来の力が発揮できない」
だからといって、何がやりたいのか、何をするのが一番向いているのかという答えも出せずに、いつも悶々としていたものです。
もしあなたが、こんな私と似たような状態だったとしたら、この章でお話しすることは何かしらのヒントになるでしょう。
なんせ、今の私は、ストレスもなく仕事も生活も充実しているからです。
これは口先だけでなく本音で言っています。
かつての私は、就職すること自体に恐怖すら覚えていました。
そしていざ就職してからも、本気で仕事に打ち込めずに、やりたいことすら見えない日々を送って来ました。
将来のことを考えると、憂鬱でしかたがありませんでした。
そんな夢も希望も無かった私が、どうして変わることができたのか。
私の経歴をたどりながら、仕事との向き合い方をこのあとお話ししていきます。
これから就職する人にも、すでに就職している人にも、きっと参考になるはずです。
■ 学校も会社も嫌いな内向型
私は学校が大嫌いでした。
小学校から高校まで、学校に行きたいと思った記憶はありません。
それよりも、いかに休むかばかりを考えていました。
たまに、学校に行くのが楽しいなどと言っている子がいましたが、とても信じられませんでした。
私にとっての学校は、人がたくさんいて、気を使って、規則があって窮屈で、とにかく疲れる場所でした。
当時はストレスなどという言葉は知らなかったので、なぜ学校に行きたくないのかは自分ではわかりませんでしたが、とにかく早く帰ることばかりを考えていました。
そして高校生になって、少しずつ将来のことを意識するようになると、社会人になって働くということに恐怖を覚えるようになりました。
学校ですら毎日休むことばかり考えていた私にとって、朝から晩まで会社で働く生活というのは、想像もしたくないほどの過酷なイメージでしかなかったのです。
しかも、学校でしたらイヤなヤツがいても、数年間だけ我慢すれば離れることができますが、会社はそうはいきません。
もしイヤな上司に当たってしまったら、一生一緒にいることになるかも……。
それはもう地獄です。
高一のときに学年でビリの成績だった私が勉強し始めたのも、大学に入って少しでも就職を遅らせたいがためでした。
その数年後、大学生活が終盤になってくると、いよいよ就職が現実味を帯びてきます。
企業からの求人が来始めるのですが、ここで私は愕然としました。
ほとんどが営業職の募集だったからです。
よく考えれば当たり前のことで、私が入ったのは商学部でした。
商業を学んでいる学生に営業募集が来るのは、自然のことだったのです。
大学に入ることを最優先していたので、学部など意識していなかったのが原因です。
私的には、営業はやりたくない職業の断トツナンバーワンでした。
当然です。
見ず知らずの人のところへ出かけて行って商品を売る仕事なんて、自分にできるはずがないと思っていましたから。私は営業以外の仕事を探しました。
面接にも行きましたが、どこもピンときません。
そもそも就職すること自体に後ろ向きだったので、真剣に仕事を探す気もありませんでした。
しかし、働かない生活はあり得ません。
なによりも親に迷惑をかけたくないという気持ちだけで、就職先を探しました。

■ 最初の就職は「逃げ」で決めた
私がずっとそうだったように、内向型にとって仕事というのは、とても気が重いことのひとつです。
仕事で関わる人間関係の悩みが重くのしかかってくる上に、仕事そのものに対しても苦手なことがたくさんあったりします。
働きながら毎日が試練のように感じている人もいるでしょう。
私が新卒で就職先に選んだのは、地味な計測器メーカーでした。そこで結局、営業職に就くことになったのです。
なぜ、あれほど嫌っていた営業になったのか?
その理由は単純で、就職活動自体がつらかったからです。
営業以外のところを探すことにも、自分が何をやりたいのかを見つけることにも限界を感じていました。
まわりの人間は早々に就職先を決めて、ゆうゆうと遊んでいます。
私だけ取り残されてしまうような危機感もありました。
早くこの中途半端な状態から抜け出したい!
そんな気持ちが勝って、もう営業でもなんでもいいから決めてしまおうと思ったのです。
はっきり言って「逃げ」でした。それでも、バリバリの営業だけは避けたかったので、できるだけおとなしそうな会社を選びました。
また、営業がダメなら他の部署に異動できることも考えると、商社などの営業主体の会社ではなく、製造や開発などもあるメーカーにしようと思ったのです。
まあ社会人になれば、ある程度は自然にしゃべれるようにもなるだろう、などと甘い考えも持っていました。
それに営業になれば、少しは社交的になれるかもしれないという期待もありました。
当時はまだバブル経済の頃だったので、私のような人間でも多少は会社を選べる時代だったのです。
